死に敏感な人、生に敏感な人
えー先日、うちの母親がとある手術をしたんですが、その前後で妙な体験をしましてね。
手術の前々日ぐらいに
久しぶりにA子叔母さん(母の姉)から、母に電話がきた。
これが特に用件もない電話だったらしい。
親戚の間では有名な話なんだけど、A子叔母さんはどうやら「死に敏感な人」らしく、ふと気まぐれにA子叔母さんが会いに行ったり、電話をかけたりした人は、数日以内に亡くなったりすることがよくあるらしい。
ちょ、A子叔母さん、変なフラグ立てないで!うちの母親大丈夫か!?
手術の数日後から
母親の手術は無事に終わりまして(A子叔母フラグ乗り切った!)数日後に退院し、以前より快調になった体で家に戻りました。するとその直後から、どういうわけか今ままで疎遠だった人達からの連絡が増えたそうです。
もちろん、その人達には手術のことを報せていません。親戚でもないので、手術のことを知るルートはないはずです。
たまたま増えたのだ。というのが最も合理的な説明ですが…何か、
- 死に敏感な人と、生に敏感な人がいるのかも
と思いました。
どうやら母親の周りには、死に敏感な人よりも、生に敏感な人の方が多いようです。自分の周りはどうなんだろうなー。っていうか、
自分自身はどっちに敏感なんだろう?
突然ひらめくようにして、
「あ。あの人に連絡をとろう」
とか、
「あの人はどうしてるかな?」
と思うことってありますか?
自分は…あまり無いなぁ。無いってことはどうなんだろう、どっちに敏感なのか、それとも両方に鈍感なのか。あと、どっちの方が嬉しいのかも気になる。やっぱり生に敏感だった方が幸福に近いから嬉しい気もするけど、死に敏感だった方が最後に話が出来て便利だったりするのかなぁ…。
科学で解明できていないことは確実にある
あ、携帯に電話だ。
「わあ!A子叔母さん!どうしてこの番号を!?」