劇場型意思決定のススメ 〜ソフトバンク社長、孫さんに学ぶ〜
「やりましょう」
これは、ソフトバンク社長の孫さんが、Twitter上で人々からの要望を受けてよく呟くセリフだ。孫さんのアカウントは毎日大量の(おそらく数千件オーダーの)要望や質問を受け取っており、彼が必要だと判断したものについては、その場で即「やりましょう」と日々回答しているのである。
具体的にはこのような流れとスピード感で
あるTwitterユーザーが、iPhone 4発売に関して孫さんに直接要望を送った*1。(なお、Twitter上では@の後に送信先のユーザーIDを入れることでメッセージを送ることができる。孫さんのTwitter上でのIDは「masason」である。)
@masason iPhone 4Gに早く乗り換えたいのですが、割賦契約中の3Gユーザには当分無理なんですね。なんとかなりませんか?
2010-06-10 22:39:27 via YoruFukurou to @masason
それを受けて孫さんが回答する。
質問から回答までたったの一時間。しかも夜の23時40分の回答である。
こんな風にして、日々数件の要望が拾い上げられ、即断即決でソフトバンクという会社の動きが決められている。また、Twitter上で孫さんをFollowしている(常時見ている)人達は、毎日その「やりましょう」によって会社が動く様子を見ている。
これを当エントリでは『劇場型意思決定』と呼称する。
劇場型意思決定が可能になった背景
Twitterの存在が大きい…というか、それだけである。
Twitterがコミュニケーションのコストを、所要時間を大幅に下げたのだ。それによって大企業の社長が人々からの要望を直接受け取ったり、直接回答したりすることが可能になった*2。
Twitterでは140文字しか文字を書けない。すると余計な挨拶や婉曲な言い回しは切り捨てられて、誰もが最初から本題についてズバッと切り出す。それが当たり前になっている。
また企業側も、140文字という制限内で回答を書かねばならないということは、裏を返せば短い文章で簡潔に回答して良いということになる。これが電話や手紙やメールだったらそうはいかないよね。
というわけで、Twitterに慣れておけば、将来的に数百万の顧客と直接やり取りする機会も得られるのだ。まったくすごい時代になったもんだ。
劇場型意思決定の対外的メリット
さて、孫さんから「やりましょう」と返された人や、それを見ている人達がどのような印象を持つかを想像してみると。
- 僕らの要望が通った!大きな会社を動かした!という感動
- 決断早えええ!孫さんすげえええ!という驚き
- ソフトバンク社は顧客のことを本当に考える会社なんだ!という感心
他にもあるだろうが大体このような具合ではなかろうか。
で、ここがすごく重要なんだけど、上記のような「感動」と「驚き」と「感心」は、我々とソフトバンク社や孫さんとの関係を、『サービス受益者とサービス提供者』ではなく、『僕らの幸せや喜びを一緒に追求していける仲間』という関係に変化させてしまう力を持っているのだ*3。
この小さな変化による大きな認識の改革は、ソフトバンク社の顧客数や売上の増加に、またその成長性や持続性にも好影響をもたらすだろうと思っている。孫さんが居る限り。
劇場型意思決定の社内的メリット
劇場型意思決定のメリットは対外的なものだけにとどまらない。
ソフトバンク社は「社員全員Twitterをやれ!」という孫さんからの指示があったことにより、多くの社員がTwitterユーザーになっている(と思う)。これはつまり、我々顧客側の人間だけではなく、中の人達もこの劇場型意思決定を目の当たりにしているということだ。
ここで突然ではあるが、株式会社はてなの経営方針について言及したい。
昔、梅田望夫さんが「ウェブ進化論」出版の前後に彼の口から語っていた言葉を、ちょっと長くなるが引用する。(動画は見なくてもOK。)
この動画の4:28付近から。
取締役会で物を決めるでしょ?で決めたら、じゃ次に誰がこれをやるんだ?ってことを話そうねっていうと、近藤とか伊藤とかね、彼らから「待った」がかかるわけだ。そっから先はエンジニアが決める、と。
取締役会で物を決めるという概念すら、普通とちょっと違う。
例えばね、その時に僕が一番驚いたというか、なるほどなと思ったのは、CTOの伊藤直也が前の会社に居たときにBlogのシステムを立ち上げたいと思っていたと。思ってたのに、上から立ち上げろと言われた。だからもうつまんなくなった。モチベーションが10分の1ぐらいになったと。
ていうことはね、自分はそうだったんだから、はてなの会社の中も、皆そうであるに違いないから、ここ(役員会)で決まったことというのは、皆(役員)が心の中では持っていて、その決まったことと合致したことが下から上がってきて「やりたい」って言ったら「やろう」ってことになるんだけど、絶対上からは下ろさない。
これは会社という組織から「やらされ感」を撲滅する戦術だ。
- 役員会はする。決まったことは心の中にもっておく
- 命令はしない。部下が「やりたい」と言うまでひたすら待つ
- 部下が乗ってきたら一気呵成に作る
これが完璧に実施できれば、社内に「やらされ感」が一切発生しないのだ。
さて、上記を踏まえてソフトバンク社の話に戻ると、このはてなの経営手法と似ている部分があることに気づく。劇場型意思決定において要望を送ってくるのは誰だった?そう、顧客(或いは見込み顧客)だ。そして意思決定するのは社長である孫さんである。
この流れを社員も見ている。
すると、社員の方も、社長の突発的な要求に渋々対応するだけではなく、顧客の要望に迅速に対応するという形になる。時間的、資金的、人材的に苦しい面はあるものの、これをこなせば目の前にいるお客さんに喜んでもらえる。
だったらやったろうやないけ!ってならなきゃ嘘でしょう!いや、実際全然そうはなってないかもしれないけどね、とにかく社内的に、
- やらされ感の撲滅
- お役に立ってる感の醸成
- それを実現するまでの所要時間の短縮
劇場型意思決定はこの3点に大きく寄与すると思うのですよ。
余談:「顧客の要望を吸い上げる仕組みなんて既にあるけど?」
Twitterと既存のカスタマーサポート的な仕組みの大きな違いは、
- Filterの有無
- タイムラグ
- 「やりましょう」的回答の有無
この3点にある。
1. Filterの有無
既存の仕組みではどうしても社員・派遣社員・パート・アルバイトがお客さんから聞いたことをまとめて上に上げる方式になる。間に複数の人や組織やシステムが介在することによって、社長の元に届けられる要望はそれらを集計したものか、よっぽど典型的なもの、緊急のものに限定されてしまうだろう。これがフィルタの有無の話。
2. タイムラグ
タイムラグは言わずもがな。多数の人やシステムが介在していればいるほど、つまり大企業であればあるほど、今目の前にある顧客の要望が、数秒以内に社長に届く機会などゼロに近づいていくだろう。
3. 「やりましょう」的回答の有無
一般企業において、カスタマーサポートに届けられた意見に対して「やりましょう」的な回答を送る機会がどれほどあるだろうか?まあこれは偏見だが、ほとんどの意見に対しては、3〜4日後に「検討します」「善処します」的な回答が来て終了するだろう。そうなる理由はいくつかあるが、カスタマーサポートの現場担当者に権限が無いというのが最も大きな理由だ。これでは顧客の方も萎えていくだろう。
というわけで、Twitterと既存のカスタマーサポート的な仕組みとでは、目的は似たようなものでも、そのプロセスと顧客側から見た結果がかなり異なっているのだ。
劇場型意思決定の舞台裏(想像)
孫さんがその場で即断即決しているケースもあるだろうが、私はおそらくそれだけではないだろうと思っている。事前に検討や準備を進めているが表に出てないだけの案件も多々あるのではないかと予想しているのだ。(これは先に出た「はてなの経営手法」と同じ話ですな。)
そのような案件について、外部からたまたま要望が飛んできた際に、
「やりましょう」
と即答えるのである。すると劇場型意思決定のメリットを受けられる。
また、準備された案件について、あえてTwitter上で要望を飛ばさせて、
「やりましょう」
と答えている積極演出型のケースもあるのではないかなと思っている。たとえば、浜崎あゆみのソフトバンクCM起用が即決?の件などは、おそらくそれに該当すると踏んでいる。あー根拠は無いので鵜呑みにしないように。あくまで邪推だし、夢のない人だと思われちゃうから、あまり周りの人にも言わないようにね。