事前情報ゼロでスカイ・クロラを観た人間のレビュー

原作も読まず、公式Webサイトも一切見ずに行って来ました。スカイ・クロラ

戦闘機の動きが凄まじい

全ての飛行シーンについて、大画面と大音響で『体で感じる』価値があると思う。

スカイ・クロラに登場する戦闘機は、アニメのような絵ではない。下手なCGのように軽薄でもないし、実写になることを望んで「なりそこない」になって浮いてしまうCGでもない。(生物じゃないけど)不気味の谷に落ちないギリギリの線を、見事に突いていると思う。

散香*1の動きが醸し出す加速度は、重たい物体が空気を切り裂き、揚力を受けて飛んでいる様に見える。スカイリィ*2を駆るティーチャーの速さや巧さや怖さも、圧倒的な存在感と質量を持って迫ってくる。現実世界のカメラワークを緻密に模した表現*3が、本物っぽさを演出している。

そして軽視できないのが音である。あたかも目の前に実在するかのような重厚な音圧を持って響くエンジン音、機銃の音、爆発音、これらが体全体に降り注ぐ。腹が揺れる(太っているという意味ではなく)。

全ての要素が相まって、ある面では実写よりもリアルさを感じてしまう。(私が軽度の乱視なのも、良い方向に作用したかもしれない。)これがオーバーリアリティってやつか!劇場全体が動くシアターだったら余計に凄かっただろうなと子供みたいなことを考える。

物語における戦闘シーンの存在意義も濃い。ティーチャーが運ぶ死の香りは、彼と向かい合う者の生を際立たせる。最高級の絶望は希望を生む。




以下、若干ネタバレ含みます。



主役の一人、草薙水素が単なる狂人に見えてしまう…

これはあくまでも『事前情報ゼロで観た私の場合』の話です。

草薙の言動や行動は(何か理由があるのかもしれないけど、それが終盤に謎解きされるまで判然としないため)序盤からずーっと狂人のように見えてしまう。殺すとか殺せとか、いきなり脱ぎだしたりキスを迫ったり、男のベッドに頬擦りしたり、なんだかもう不気味で恐ろしい。よく受け入れられるな、函南…あんた、十分大人だよ(彼が彼女を受け入れられる理由もちゃんとあるのだが、それも終盤まで完全には明かされないという状況)。

でもボウリングのシーンはちょっと良かった。草薙がどんな人物なのか?が、透けて見えるような気がしたからだ。結局、彼女の人となりを現していそうなシーンはそこしか覚えてない。これは私の記憶力が悪いせいもあるだろう。

土岐野のキャラクターがイイ

土岐野が居なかったら、映画スカイ・クロラの人物描写パートの面白さは90%減だった。なぜなら私は、函南のモテ会話に共感できないから。自分の精神年齢はお子様なのだ(キルドレ比)。

土岐野&函南が三矢と初めて出会うシーンは会話も描写も良かった。ガッタガッタ揺らすよ。あれきっとお金入れてないよ。

彼は他にも、エースはままならないとか、蟻地獄とか、今夜は気をつけろとか、心に残るセリフも多かった。草薙や函南の『物語の本質を突くシリアスな会話』はほとんど忘れてしまったというのに。

キルドレという設定は必要だったのだろうか?

"I kill my father."

このセリフを言わせるためだけに、キルドレという設定があったのでは?と疑ってしまうくらい、物語全体に対する私の理解は遅々として進まなかった。キルドレが存在しなくても、平和を演出するショービジネスとしての戦争は成立しただろうから。批判を浴びつつもな。

これは後から知ったことだけど、押井守監督は、スカイ・クロラという作品についてこう語っていたそうだ。

「若い人に、生きることの意味を伝えたい」

生きることの意味なんてものは、残念ながら*4読み取れなかった。映画が終わった後で、何かを考えてしまうような、何かが変わってしまうような、何かを見つけて持って帰るような、そういう印象が皆無だったから。

ただ、この映画の戦闘機の表現はとてつもない、という部分だけが強烈に残った。

これは「生きる意味なんてどこにもない」という、作品世界を飛び出したメッセージの可能性もあるのかな。いや、ないか。

映画についてまとめ

ドッグファイトが好きな人で、アニメにアレルギーが無い人なら1800円払って劇場に足を運ぶ価値はあると思う。

劇場選択は、できるだけスクリーンがでかくて、音響効果の良いところを選んで欲しい。あと公式サイトに載ってる情報くらいは事前に仕入れて行った方が、余計な所にひっかからずに済むから良いと思う。期待値を下げたいなら、情報を仕入れずに映画館に行くのも良い手だとは思う。

原作を既に読まれている方も、戦闘シーンをより鮮明に焼き付けるために見に行くのは価値があるはず。物語の終盤の展開は小説より鮮烈でもある。ついでに、森博嗣の(主に函南の)モテ会話を人の生声で聞いてみるのも面白い体験だろう。現実にこんなヤツがいたら、私の狭い心と貧困な読解力じゃ会話できねー。

そんで軽度の乱視の人は、メガネをかけずに楽しんでね!オーバーリアリティ!

*1:主人公側の軍隊で使われている戦闘機の名称。現実では珍しい、プロペラが後方にあるプッシャ型。

*2:敵軍で使われている戦闘機の名称。ゼロ戦にちょっと似てるかな?

*3:ブレとかカメラの位置による音の変化など

*4:私の頭が残念という意味